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高岡が「銅器の町」ということは意外と知られていない。銅鋳物製品の生産シェアは全国の90%を占め、世界でも有数の銅器の町なのだ。その歴史は古く、17世紀初めに高岡城を築いた加賀2代藩主・前田利長が、町おこしの産業として市内の金屋町で鋳物工場を奨励し、日本でも初めての「鋳物発祥の地」となったのである。金屋町は、当時のたたずまいである千本格子の家並みをいまも残している。旅人は、本町通りの土蔵の町とともに歴史の風情をたっぷりと味わうことができる。そして、高岡市は万葉の町でもあった。JR高岡駅前に建つ万葉の代表的歌人・大伴家持像は町のシンボルだ。 |
| 風光明媚な海岸線にも 歴史ドラマが続く |
高岡は富山県の北西部にある。北は富山湾に面していて、小矢部川の河口に伏木港がある。 歴史は古く、『正倉院文書』には、この地方が東大寺の荘園(私有地)であったことが記録されている。また伏木には、越中国府・国分寺が置かれ、この地方の政治・文化の中心地であった。 『万葉集』で有名な歌人・大伴家持が、その越中国守として天平十八年(七四六)から五年間、ここに赴任してきている。家持二十九歳のときである。 『万葉集』は日本の古典中の古典であることは知っているが、柿本人麻呂や山部赤人、山上憶良など代表的な歌人の名をなんとかあげられても、諳んじて愛誦するほどにぼくは親しんではいない。せいぜい中学や高校の教科書ぐらいの知識のままだ。本当にマンヨウシュウと読んでいいのか、マンニョウシュウと読むべきなのか、それさえもわかっていない。 とはいうものの、越中国庁跡に万葉の旅を求めて訪れた旅人は、まず高岡市の駅前に建っている大きなブロンズ像を見上げるところからスタートする。 物部の 八十少女らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花 大伴家持 像は、かたかご(かたくり)の花を摘む童女二人の脇に立つ家持である。 市街から北へ数キロ、小矢部川が富山湾へそそぐ河口に位置する二上山東麓の河岸台地、伏木町古国府の地一帯が越中国庁の跡といわれる。 その国庁跡に建つ勝興寺。 承久の乱(一二二一)で佐渡に流された順徳上皇の第三皇子、成彦親王が親鸞(一一七三〜一二六二)に帰依し、善空房信念と称し、佐渡の地に一宇(寺)を創建、上皇から殊勝誓願興行寺の勅号を得たのが、当寺の起こりという。 現在の境内は約三万三千平方メートル。中世風の豪壮な伽藍を持つ二十四間(約七十九メートル)の本堂、そして、本堂前に建つ唐門(四脚門)とも国の重要文化財なのだが、残念ながら平成十一年からの保存修理工事中であった。 かつての越中国府は、現在の勝興寺境内を中心として二百メートル四方にあったと推定されている。そして、その門前にある「伏木特別地域気象観測所」が国守館址になる。 「東館」という名が残るこの場所は、真下に射水川(現在の小矢部川)がとうとうと流れ、眼前に有磯海、雪をいただく立山の峰々を望む景勝の地であったことが「万葉集」からはうかがえる。 朝床に 聞けば遥けし 射水川 朝漕ぎしつつ 歌ふ船人 これも家持の歌だが、いまは目と鼻の先にあるはずの伏木港も、立ち並ぶ人家や工場にさえぎられていて眺めることはできない。 JR氷見線「伏木」駅から二十分。気多神社の境内に大伴神社がある。家持没後千二百年を記念して昭和六十年(一九八六)に建てられたものだが、万葉故地めぐりの旅をするなら、やはりここもお詣りしておきたい。 |
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| 世界有数の銅器生産の町は 千本格子と蔵造りの家並み |
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家持が馬を連ねて訪れた渋谿が、雨晴海岸である。松尾芭蕉の句にも、 |
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アクセス ●東京首都圏からは東京駅から上越新幹線で越後湯沢駅下車、ほくほく線、北陸本線経由で3時間19分。車なら関越自動車道で長岡JCTから北陸自動車道に入り、小杉ICで降りて約6時間。 ●関西圏からは大阪駅から湖西線、北陸本線特急で高岡駅下車2時間53分。車なら名神高速道路・吹田ICから米原JCTで北陸自動車道に入り、砺波ICで降りる。約3時間40分。 ●富山空港からは高岡ゆき高速バスで1時間40分。●市街地散策は徒歩で。高岡大仏〜古城公園〜瑞龍寺コースが一般的。伏木方面は加越能鉄道を利用する。 ●お問い合わせ先tel高岡市観光物産課0766(20)1301 |