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日笠社長は2代目である。先代社長は道内でも中堅の運送会社(大丸北海道陸送(株))を経営しながら旅行好きがこうじて、どうしても観光バス事業に進出するのが夢だった。小型バス3台を導入してスタートした。しかし、志なかばにして急逝する。その夢を引き継いだのが現社長である。それだけに必死だった。
「まだ実績も信用もない、始めたばかりの会社が、名だたる会社と同じ土俵で勝負するのですから、覚悟の上とはいえ、かなり苦労しました。
まず乗務員教育から始めました。基本的な挨拶や言葉遣い、しつけなどを含めて徹底的にやりましたが、そのさい、私のポリシーは説得と納得は違うということです。
教育というものは説得して、無理やり覚えさせても身につくものではありません。本当に理解してこそ初めて実践に役立つわけですから、納得するまでミーティングしました。若い会社だから乗務員も未熟なのだといわれたくなかったのです。
乗務員を採点するのは旅行者だけではないんです。旅行会社の添乗員さんの印象が大切、安心感につながるからです。添乗員さんは会社に帰って必ずレポートを書きます。その評価の積み重ねが信用につながって、次の営業につながるんです」
日笠社長の話には説得力がある。
「創業時は地元旅行会社に通いつめて営業しました。大手さんは効率のいい本州からの仕事中心にやっているからです。だから大手さんの嫌がるような地元観光客の仕事を徹底的に拾ってきてやりました」
地元観光客の場合は、朝8時から夜8時までやっても1日1本の仕事。本州からの仕事を受けると、昼までに空港まで送っていって、午後1時到着のお客を迎えれば、1日2本の仕事ができる。この効率の差が大きいから、どうしても地元旅行会社の注文は敬遠されてしまうのだという。
しかし、この地道な仕事を通して、まず地元旅行会社から、はまなす観光バスは絶大な信用を得たのである。地元旅行会社といっても東京や大阪に本社のある支店だ。その営業担当者が、ある日「本社を紹介しましょう」と声をかけてくれた。これまでコツコツと積み重ねてきた実績がついに評価されたのだ。評価は大手代理店にも口コミで伝わり、以来、営業も全国展開ができるようになった。
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