FUSO History

バスの高速化、長距離化の
時代到来。そして大型化…
バスの多様化が進む


 昭和30年代後半になると、名神高速道路(昭和39年)、東名高速道路の開通(昭和44年)、そして首都圏高速道路網の充実など、道路整備が急ピッチで進む。いわゆる高速時代の幕開けである。これに対応して、バスも大型トラックも高速化し、長距離輸送が日常茶飯事となる。
 三菱日本重工業では、昭和36年(1961)、名神高速路線用としてV型8気筒、8DB20AT型ターボ過給の290psエンジンを搭載した、最高速度134km/hの高速バスMAR820型を開発、翌37年から生産を開始した。
 38年には220ps、最高速度120km/hの準高速バスMR870型、MAR870型を生産。このバスは、ブームになりつつあった団体旅行用の仕様として開発されたが、後年の長距離バス、観光バスの基礎となった。
 一方、都市部で増え続ける通勤、通学者のラッシュ対策として路線バスの大型化が進み、昭和37年にMR440型、MAR440型、MR430型が生産された。
 MR430型は全長1万1985mm、全幅2490mmで、当時わが国最大のバスであり、わが国初の前2軸車だった。
 バスはますます高速化、長距離化が求められていった。これに対応して昭和42年、新開発のV型6気筒、6DC2型200psエンジン搭載のB800型が、そしてV型8気筒、8DC2型265psエンジンを搭載したB900型が開発された。翌43年にはV型12気筒、12DC型350psエンジンを搭載したB906R型が発売され、東名高速路線用として大量に採用された。

 

時代をリードする三菱ふそうトラック・バス70年、進化の軌跡


写真
本格的な高速バスMAR820型
写真
観光バスの基礎となったMAR870型
写真
東名高速道全面開通にあわせて開発されたB906型
写真
ラッシュ対策に登場した大型路線バスMR430型
写真
“ふそうライトバス”MB720型
好調のローザは
マイナーチェンジしながら
小型バスの主力に成長


 昭和38年、T720型キャンターのエンジンとシャシの一部を共通化した、小型バスMB720型を発売した。
 一方、昭和35年の発売以来、好評のローザは、41年に、KE42型90psガソリンエンジンを搭載した、近代的でシンプルなスタイルの25人乗りB12型を生産。続いて、44年には5psアップしたB13型に切り替えると同時に、4DR1型75psディーゼルエンジン搭載のB14型シリーズも加わった。
 昭和39年には中型バスMR620型を発売。廉価で、しかも高出力、30〜60人の中規模人員輸送が可能であることから、中型バスの需要が急速に伸長し始めた。三菱は発売して3年の間に、60%近いシェアを獲得した。

小型トラックへの進出
キャンターの誕生と
シェア獲得への挑戦


 三菱日本重工業は、38年に初めて小型トラックの分野に進出した。2t積みキャブオーバートラックT720型の登場である。これが、いまも三菱ふそう小型トラックの主力であるキャンターの誕生であった。
 キャンターは川崎自動車製作所で生産されていたが、小型トラックもキャブオーバーの時代に入り、生産体制の見直しもあって、ジュピタージュニアを生産していた水島自動車製作所に移管された。
 キャンターは当初、低床荷台のT720U型と高床荷台のT720H型であったが、ダンプ仕様のT720D型と、翌39年に長尺荷台の722型を追加した。しかし、競争の厳しい分野であったため、この時点ではキャンターのシェアは5%にも満たなかった。
写真
世界初のセルフローダトラック

 昭和43年、フルモデルチェンジしたニューキャンターT90シリーズが誕生した。4DR1型75psディーゼルエンジンを搭載して、スタイルも一新。さらに90psのKE42型、95psのKE47型ガソリンエンジン搭載車を追加。44年にはシェア10.7%を超えるまでに急成長した。

 


写真
ふそう小型トラックの基盤を築いた初期のキャンター
写真
高速時代を迎えて開発された前2軸トラックT910型
 
写真
大量輸送時代に活躍したT911Q型フルトレーラ
 
写真
三菱Kシリーズ最大のK1300型
写真
爆発的人気を博したT620型。
 

東名高速道の開通と
高度成長で
大型トラックの時代に

 昭和37年、市街地道路通行の車種規制が厳しくなったことに対応して翌38年、T330型をベースにした6.5t積みトラックT410型を生産した。
 経済の大型化が進むとともに、輸送形態も変わってくる。大型車用のエンジンとして、41年に200psの6DC2型と265psの8DC2型が完成。翌42年には6DC型を搭載した前2軸T910型11t積みとT810型8t積みトラックが発売される。
 続いて、新大型トラックシリーズの主流となる8DC型を搭載したT951型シリーズが発売された。これらの新三菱大型トラックシリーズはデザインも一新され、高度成長と大量・高速時代にマッチした。とくに10t積みクラスの販売が急速に伸びて、43年には大型トラックとバスの生産累計10万台を達成した。
 東名高速道路の全面開通を目前にした43年の後半、より輸送効率の高いフルトレーラ、セミトレーラの需要が見込まれ、三菱ではV型DC型エンジンを搭載した新型車をつぎつぎと発売した。
 昭和44年には、ふそう車全体の生産累計が20万台を超えた。
 この年のモーターショーに出品したK1300型は、ふそうK車(専用クレーンキャリア)シリーズ最大の車種で、全長15.15m、全幅3.4m、車両総重量56.69t。世界最大の油圧式75t吊りクレーンとの組み合わせで見る人を圧倒し、大きな話題となった。
 東京オリンピックが開催された昭和39年に、中型トラックT620型4t積みが発売された。開発計画以来約10年を経ての発売であったが、爆発的人気を博し、43年には累計5万台を突破し、45年には10万台を超える勢いだった。
 普通免許で運転できる最大積載量のトラック、4t積みとしては高出力である、シャシが頑丈で耐久性にすぐれている、などが評価されたのだった。


70th
夢の超特急、東海道新幹線開通
悲願の東京オリンピック開催

★昭和36年(1961)4月、ソ連が人類史上初めて人間の乗った人口衛星ボストーク1号の打ち上げに成功。宇宙飛行士ガガーリンのいった「地球は青かった」が流行語になった。
 9月、日本航空は東京―札幌間に、国内線初のジェット機を就航させる。半袖ワイシャツ、シームレスストッキングが大流行する。
★昭和37年(1962)2月、マンモス都市東京の人口が世界で初めて1000万人を突破、世界第1位に。
 8月、堀江謙一が小型ヨット、マーメイド号で、日本人初の太平洋横断に成功、アメリカで英雄となる。
 9月、国鉄スワローズの金田正一投手が対巨人戦で三振奪取世界記録3509を樹立。この月、福岡の若戸大橋が開通する。全長2068m。
★昭和38年(1963)6月、関西電力が建設していた黒部渓谷の「黒四ダム」が、7年に及ぶ難工事の末、完成。
 11月、日米間のテレビ宇宙中継に成功した日に、ケネディ大統領がダラスで暗殺されトップニュースに。
★昭和39年(1964)、三菱三重工合併。名神高速道路が開通。6月、M7.5の大地震が新潟を直撃し、被害は中部、東北など9県に及び、都市機能がマヒした。
 9月、巨人の王貞治選手が対大洋最終戦で本塁打55号を放ち、シーズン新記録を樹立。長嶋茂雄選手と共にON時代を築き、未踏のV9を達成する。
 10月、東京オリンピックを目標に建設していた東海道新幹線が開業。東京―大阪間を世界でもっとも速い夢の超特急「ひかり」が4時間で走る。
 第18回オリンピック東京大会が、史上最高の94か国7495人が参加して開幕。東京開催は、1940年の第12回大会が戦争で中止されて以来、復興日本の悲願だった。

ミニスカートの大流行
フーテンの寅さんが大人気に

 ★昭和40年(1965)日本の南端、西表島に生きた化石イリオモテヤマネコの生存を確認。1000万年前の野生種で21世紀最大の発見といわれた。
 朝永振一郎博士がノーベル物理学賞を受賞。湯川秀樹博士以来2人目。この年、国鉄が「みどりの窓口」を開設。
★昭和41年(1966)6月、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターの4人が暁の羽田空港に到着。世紀のロックグループ「ザ・ビートルズ」の日本上陸で、日本列島が興奮の坩堝に。
★昭和42年(1967)ニッポン放送の「オールナイト・ニッポン」が明け方の5時まで放送開始。若者文化が深夜に花開く。多くの花形DJ、人気タレントが生まれる。
 「ミニの女王」ツイッギーが来日、ひざ上30cmのミニスカートが大流行。
★昭和43年(1968)この年、明治百年を迎え、東京に地上36階の霞が関ビルが完成、日本の高層ビル時代の幕開け。小笠原諸島が23年ぶりに日本に復帰。郵便番号制度が発足する。川端康成がノーベル文学賞を受賞。日本のGNPが西独を抜いて第2位に。
★昭和44年(1969)、東名高速道路が全線開通。1月、東京大学に機動隊8500人が出動、安田講堂に立てこもる学生との攻防がテレビで全国に生中継され、衝撃を与えた。
 8月、山田洋次監督の『男はつらいよ』が公開され、車寅次郎ことフーテンの寅さんが人気者に。後にシリーズ化され、1983年の30作目で世界1の長寿企画となった。




(C) Copyright2002 by Mitsubishi Motors Corporation.