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| ボデーカラーの異なる15台のスクールバスを導入し、離れた地域からも多くの生徒を集めることに成功した学習塾がある。兵庫県三田市の株式会社ホットラインが経営する小・中・高校生対象の進学塾「開成教育セミナー」が、その会社である。同社は平成2年6月に第1号教室を開設した。その後、送迎用として三菱ローザを導入し、増車を続けながら、生徒数・教室数とも飛躍的にふやしてきた。 | ![]() |
| 三田市は六甲山系の北側に位置する住宅都市である。大阪や神戸から近いため、そのベッドタウンとして、近年、急激に人口が増加した。 北村社長が三田市で開成教育セミナー・株式会社ホットラインを立ち上げたのは、いまから14年前の平成2年、28歳のときだ。ここで北村社長の略歴と、ホットライン設立までの経緯を簡単にご紹介しておきたい。 北村社長は昭和36年、大阪市で鉄工所を営む両親のもとに生まれた。府立箕面高校卒業後、1年間の予備校生活を経て、京都の立命館大学経営学部に入学。 在学中は家庭教師、新聞配達、そば屋の出前持ち、デパートの配達要員などのアルバイトと並行して、スナックのチーフを4年間にわたって勤めた。「やがては父の鉄工所を継ぐつもりだった」 しかし、家業の鉄工所はその後経営不振に陥り、あえなく倒産。一家は「夜逃げ同然のかたち」で、吹田市の小さなアパートに移った。 昭和60年1月、アルバイトのチラシ配りがきっかけで、開成教育セミナーの創設者、(株)成学社の太田明弘代表と出会い、入社。太田代表の鞄持ちや、企画・広報などの仕事をこなすかたわら、開成教育セミナーで理科の学習指導にあたった。 太田代表から「暖簾分け」のかたちで独立し、開成教育セミナー・ホットラインを設立したのは、入社から5年半が経過した平成2年5月のことである。 独立を志した北村社長の念頭には、当初、学習塾の経営という選択肢は含まれていなかった。「小さな不動産会社か、さもなければ印刷会社を」と考えていたという。「暖簾分け」は、太田代表の説得を受け入れた結果であった。 会社設立時の自己資金は50万。三田市の旧市街地にあったビルの2部屋を教室用として借り、6月25日から授業をはじめた。生徒数21名。スタッフは、理科と算数を受け持つ北村社長のほかに、国語、英語、社会を教える教員が1名、それと、パートの事務職員の3名だった。 |
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| 開成教育セミナー・ホットラインは現在、三田・北神・篠山・柏原・ガーデンタウン・西宮北の6教室のほか、高校生対象の開成ハイスクール、個別指導の開成パーソナル三田教室・北神教室など、全部で11教室を開設、生徒総数2050名を数えるまでに大きく伸びた。 この驚嘆すべき大躍進は、北村社長の掲げるユニークな教育理念、トップレベルの教師陣による質の高い学習指導、充実した設備と環境などがもたらした。だが、このほかにもうひとつ、いち早く送迎バスを導入していた点にも注目したい。 三田市内には思いのほか公共交通機関が少なく、「スクールバスなしでは、とてもここまで生徒数をふやすことはできなかった」と北村社長が証言する。生徒のなかには、20kmほど離れたところから通っている子もいるという。 「最初のうちはワンボックスカーを使い、授業の前後に私自身が運転して送迎していました。しかし、開設直後より生徒が増加し、マイクロバスを導入することになり、その年の暮れには生徒数が60名ほどになりました」 当時はお金もなかったし、バスの導入にはかなりの勇気が必要だった。それでも、バスを入れることによって生徒数がふえれば、元が取れると思い決断したという。 現在、スクールバスは三菱ローザ10台をはじめ、全部で15台。低学年の生徒にもわかりやすいよう1台ごとに色分けされ、15コースに分かれて、1台あたり1日3便(3往復)運行されている。中型バス2台、大型バス1台もそれぞれ保有。これは、生徒数の多いコースに投入している。 まもなく1限目の授業がはじまるという午後5時。三田教室の前に赤、黄、青、緑に色分けされたローザが次々に到着し、バスの中から、子どもたちが元気よく飛び出してきた。 |
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