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連載 第53回 |
「欲望という名の電車」や「波止場」が日本で封切られたときには、それまでにないキャラクターの登場として注目を浴びた。 これらは白黒画面の作品だったが、野生的な若者の中に屈折した影が透けて見えるという点で共通していた。とくにアカデミー主演男優賞を受賞した「波止場」では、マーロン・ブランド流ともいえる演技の、土台がつくり上げられた観があった。 そのマーロン・ブランドが存在しなければ、おそらくジェームズ・ディーンの出現はなかったのではなかろうか……いささか大袈裟ながら、私はそう思っている。 ジェームズ・ディーンがマーロン・ブランドの「欲望という名の電車」や「波止場」と同じエリア・カザンの「エデンの東」で注目されたことにも、ある筋道を感じざるを得ない。そして、舞台出身の映画俳優という共通点も、私が二人を強く結びつける理由のひとつなのだ。マーロン・ブランドやジェームズ・ディーンの、映画における独特の芝居づくりが、確実に舞台俳優としての資質に源を発しているからである。 さらに二人の共通点は、舞台俳優の基礎をもつや否やという問題も飛び超えて、スクリーンの中で映画でなければ通じない、特殊な表現をしている役者だということだろう。それは、マーロン・ブランドの「欲望という名の電車」においても「波止場」においても、ジェームズ・ディーンの「エデンの東」「理由なき反抗」「ジャイアンツ」においても同じようにあらわれている。 ジェームズ・ディーンは、三作を撮ってこの世を去った。そして、そのイメージは天才の冠をつけられて、今に残っている。壮絶な死という要素もあって、ジェームズ・ディーンは神話とともにファンの心の中で生きつづけることになる。 一方、マーロン・ブランドは第二次世界大戦後の、ハリウッドの隆盛の中でさまざまな役を演じることになる。日本を題材とした「八月十五夜の茶屋」や「サヨナラ」も、そんな中での彼の貌のひとつと言ってよいだろう。 また、マーロン・ブランドに先行して屈折した男の魅力を見せていたモンゴメリー・クリフトが、交通事故から復帰した第一作「若き獅子たち」で、ブランドと共演していたことも思い出される。 |
西部劇の「片目のジャック」も、マーロン・ブランドにとっては特別とは言えぬ作品だったにちがいない。マーロン・ブランドはその中で、黒づくめ衣装に身をつつみ、まるで「ベラクルス」のバート・ランカスターみたいな雰囲気をあらわしていた。 私はその映画が、西部劇なのに海が見えるのに新鮮さを感じた。マーロン・ブランドらしいな……と思ったのだ。黒づくめの衣装でトランプの札を指で弾く男、そのうしろに海というけしきはなかなかだった。 しかし、その“なかなか”な場面は、マーロン・ブランド世界としては普通に見えた。本来のマーロン・ブランドは、何気ない恰好をしていても、黒づくめの男のごとき色を感じさせているはずだと思うからだった。 後年になると、「ラスト・タンゴ・イン・パリ」に出演し、中年太りの姿を画面にあらわしていたが、そこにはマーロン・ブランドらしい匂いがあった。他の俳優には演じ切れぬ役をやるとき、マーロン・ブランドのテイストは光り輝くのだ。 「ゴッド・ファーザー」の中の姿も、それにかさなるイメージだった。暴力と金で得た地位にいる者の孤独と哀愁、そして虚しさ……その交錯はこたえられなかった。また、「地獄の黙示録」のカーツ大佐の狂気を演じる姿には、「波止場」の頃の若々しい芝居心さえ感じた。アメリカ主義を戦争の根と見たあげくの、カーツ大佐の狂気への取り組みだったにちがいない。 マーロン・ブランドは、もともと北米先住民(今、インディアンは禁止語なのだろうか)のための運動を、若い頃からやっていた。 彼らもまた、アメリカ主義の犠牲者なのであり、北米先住民とベトナム人は、片方にアメリカ主義をおいた場合、マーロン・ブランドの中では同じ色に染っていたのかもしれない。 そう考えてゆくと、マーロン・ブランドの在り方は、黒人問題の特殊な位置に立ちつづけるモハメド・アリに近いような気がしてくる。 そして、最晩年のマーロン・ブランドは人間嫌いと噂され、息子の裁判や娘の自殺などもあって、世間に顔をあらわさないようになっていた。 若き日の天才が、年齢をかさねるうちどうしようもない保守主義者になってゆくケースは多いが、マーロン・ブランドは決してその道を辿ることはなかった。だが、それゆえに自らの心を削る日々を送っていたにちがいない。 マーロン・ブランドの影響を受けた俳優には、ジェームズ・ディーンのほかにも、ポール・ニューマン、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノなどがいるようだが、その思想性や生き方が、彼らの中に踏襲されているとは思えない。私の頭には、マーロン・ブランド、ジェームズ・ディーン、モハメド・アリの三人の糸が、今もっとも濃く見えているのである。 |
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| 1940年、東京都生まれ。慶應大学文学部哲学科卒業。出版社勤務を経て、 文筆活動に入る。1982年『時代屋の女房』で第87回直木賞受賞、 1997年『鎌倉のおばさん』で第25回泉鏡花文学賞受賞。 主な著書に『私、プロレスの味方です』『アブサン物語』『俵屋の不思議』『力道山がいた』『黒い花びら』『男装の麗人』『贋日記』『ヤスケンの海』『今平犯科帳』など多数ある。 演劇、スポーツに造詣が深く、活動のフィールドは広い。 |