日本人のしっとりとした、美しい釣りの風景が消えてしまったのは、いつ頃からだろうか……。
 テレビというマスメディアの中で、ろくに釣りのマナーも知らぬ、軽薄きわまりないお笑い芸能人たちが、大型の釣り船を貸し切って、小魚を一匹釣りあげるたびに、ワイワイ、ガヤガヤと騒ぎたてている映像が映しだされていた。
 いちばん数を釣りあげた者が、優勝だとか、ビリだとか、罰ゲームがあるとかないとか、騒いでいるのである。
 釣りというものを、あんなふうに薄っぺらにあつかう有名タレントだか、プロデューサーだか、誰だか知らないが、「いいかげんにしてもらいたい!」と言いたいのだ。
 あれはどう見たって、釣り文化というものを踏みにじっている以外の何ものでもないと、ぼくは思っている。そう、知性のかけらも感じられないからである。
 いったい、釣りをなんだと心得ているのだろう。ほかの釣り番組も大同小異である。何かといえば釣果、釣果。海、山、川、湖とフィールドが違っていても、どこで釣りをしていても、その内容や切り口はほとんど同じだ。いかに大物を釣るか、数を釣るか、である。
 なんで、そんなことばかりを気にした番組を制作するのだろうか。とくに、アユ釣りの大会をレポートした番組は最悪だった。
 どこかの釣り具メーカーの帽子をかぶり、体にはステッカーやワッペン、ロゴマークをべたべたと貼りつけている。どう見たってメーカーのまわし者にしか見えないではないか。
 釣りのうまい人が数を釣るのは、あたりまえのことである。なぜ、釣りという文化の中に価値観がいびつに傾いた、競争釣り感覚を持ち込まなければならないのだろうか。いちばん数を釣った人が、釣り師として、そんなに尊敬されるに値する、とでも考えているのだろうか。
 なんとも薄っぺらで、知的発想の衰退した、知性も品格もない内容の番組を、金と時間をかけて作っているのか、と見るたびに体の中から、嫌悪感だけが湧き上がってくるのです。
 これらの番組を見ていると、日本の社会の教養の度合いや文化、能力が衰退している以外の何ものでもないと、ぼくは心底、怒りだけが込みあげてくるのです。
 毎春、日本の各釣り具メーカーが協賛して催す、釣り業界最大のイベントである「国際つり博」に出かけて感じることがある。
 いつまでたっても十年一日のごとく、念仏のように新素材の新製品、釣果、そして、それに目の色を変えて群がる人々。
 なぜ、それほどまでに道具なんだ! たとえば、新しい道具を手にすれば、新しい釣りの世界が目の前にひらける、とでも思っているのだろうか?

消えた釣り文化
内田進
晴釣雨釣
 

連載 第73回
   
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真ダイ=姿、形、色、どれをとっても美しい。宝石のように海中からキラキラと輝きながら水面に浮きあがってくる。船釣りの王者である

 それでは新しいオモチャを与えられて、無邪気にはしゃぐ幼児と、ほとんど同じレベルであると認識すべきだと思う。大切なことは、人間の手や腕は、どんなに優れたリールや竿や糸よりも精緻な道具である、ということを知るべきなのだ。
 釣り博の会場を歩きまわってみて気がつくのであるが、各メーカーのブースには、必ずフィールドテスターなる名人と呼ばれる釣り師がいる。ひな壇から一般の人々に、「俺のハウツー通りにやれば、必ず釣果が得られる。大物も釣れる。だから、この釣り竿、このリール、この糸、このエサを使って、俺のいう通りに釣りをしなさい」と得意げに、そして、呪文のように繰り返し、がなり立てている。
 そんな中に一人でもいい、古来からの日本の伝統的な釣りの文化について、語りかける人はいないのだろうか?
 ぼくは、釣果をあおる、その風景を遠巻きに眺めていて、癒しようのない腹立たしさだけがこみあげてきた。そして、その迷人たちに、「あなたは、釣りという文化をいったいどのように考え、認識しているのですか」と聞いてみたい衝動に駆られた。
 釣果というものは、釣りの楽しみに、結果として、おまけとしてついてくるだけのことなのである。
 釣果にかたよればかたよるだけ、ただ魚を殺すだけの殺生競技になってしまう。つまり、釣果を求めれば求めるほど、本来の釣りの姿から、かけ離れていくだけなのだということを深く認識すべきなのです。だから釣果など、どうでもいいことだと知ってほしいのです。
 釣りとは、大きな海に小さな船を浮かべ、探りようもない何かを相手とし、一本の釣り糸を通して、自分の心の奥底を見つめるのである。あるいは、山川草木をめでながら、夕暮れせまり、また、しぐれ降る中で釣り糸をたれることができることを、この上ない喜びとするものなのです。
 そのような、日常では感知できない世界に、我が身をおくことこそが至上であり、それこそが釣りの世界であると考えるべきなのだ、と私は思うのです。

天気のいい日の堤防には親子連れや子どもたち、オジさんたちが集まってくる。ここには釣りのハウツーも能書きもない。 休日になると湖の岸辺に集まってくるメンバー。日長な一日、釣り談義を楽しんでいる。ゆったりした時空だけが流れている。

●うちだ・すすむ
1947年、静岡県生まれ。日本大学芸術学部美術科卒業。
日本における魚のイラストレーションの第一人者。
美術出版社やグラフィック社から画集を出版。
アメリカ・モンタナ州にあるフライフィッシング博物館に、
日本人で唯一の作品が所蔵されている。
平成11年、NHK BS放送で西山徹氏との九頭竜川での
サクラマス名人対決が放送され話題となる。
魚を描くには、釣る!! 見る!! さわる!!
が一番大切だと思っている。
東京イラストレーターズソサエティ(TIS)会員


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