ジーコ監督の憂鬱
 
二宮清純

64試合を320万人が手に汗握って観るドイツW杯は、6月7日の開会式で幕を開ける。 ジーコジャパンはベスト4を目標に置いた。しかし、日本代表の最大の ウィークポイントは決定力不足である。それを問われるとジーコ監督は突然、 不機嫌になるという。決定力不足の原因は、自己責任を回避したがる 日本の官僚文化が、ピッチの中にまで浸透してしまっていると二宮清純氏は 指摘する。突然変異としてのスーパースターの出現がない限り、ジーコ監督の 憂鬱はつづく。日本代表のジレンマは、日本の組織のジレンマでもあった。



問題山積のジーコジャパン

 日本代表のジーコ監督は、06年のドイツW杯の目標を「ベスト4」に置いている。前回の日韓大会の結果がベスト16だから、2段階、ステップアップしようというわけだ。
 10月に来日したドイツW杯組織委員会のベッケンバウアー会長は、日本サッカーの成長に目を細めながらも「決勝トーナメント進出は茨の道だ」と語った。
 遠くヨーロッパでの大会であることに加え、各組にはシード国がひとつ加わる。冷静な視点で見れば、日本代表が4ヶ国で編成される組の中で2位までに入り、ノックアウト方式のトーナメントで欧米の列強を2つもくうのはたやすいことではない。
 どんな組に入るかにもよるが、イギリスのブックメーカーが占う日本代表の決勝トーナメント進出の可能性は五分五分がいいところではないか。ジーコ監督が目標とする「ベスト4」となると、オッズは100倍を超えるかもしれない。
 問題山積のジーコジャパンだが、最大のウィークポイントは「決定力不足」だろう。これは今に始まったことではないが、ここぞという場面での勝負弱さが改善される見通しはまだ立っていない。
 「シュートを打たなければ点は入らない。口を酸っぱくして何度も言っていることだが、この点はうまくいっていない」
 決定力不足について質問が及ぶと、ジーコ監督は決まって眉間にシワを寄せ、不機嫌になる。個々の資質の問題というより、国民性に起因する問題だとジーコは考えているフシがある。
 10月の東欧遠征でのウクライナ戦は、後半8分に中田浩二が一発退場を受け、以降、10人で戦わなければならなかったハンデがあったにせよ、前後半通じてわずか4本のシュートでは、難局を打開することはできない。後半ロスタイムにPKを決められ、後味の悪い幕切れとなった。
 シュートなくしてゴールなし。ゴールなくして勝利なし
 これは川淵三郎キャプテンの口ぐせだが、日本サッカーが内包する永遠の課題でもある。
 日本代表は98年と2002年、2度ワールドカップに出場している。02年はホストカントリーというアドバンテージがあったにせよ、グループリーグを1位で通過し、決勝トーナメントに進出した。しかしベスト8を賭けた戦いで、トルコに攻守両面にわたって力の差を見せつけられた。
 フランス大会では、日本代表は決定力不足を示すこんなデータを残した。
 得点率1.82%
 オンターゲット率20.00%
 得点率とは分母がシュートの本数で分子が得点。日本代表はグループリーグ3試合で55本のシュートを放ったが、敵のネットを揺らしたのはジャマイカ戦での中山雅史(ジュビロ磐田)の1本だけだった。
 ちなみに1.82という数字は参加32ヶ国中最下位だった。
 次にオンターゲット率だが、得点率同様、分母はシュートの本数。分子がゴールの枠に飛んだ本数。シュートの正確さを示す指標だが、ここでも日本は参加国中最下位だった。
 すなわち98年の時点で、日本代表は参加国の中では、最もシュートのヘタクソな国だったということである。

 

なぜ、決定力不足は改善されないのか

イラスト
05年11月16日の対アンゴラ戦。ドリブルで突破を図る中村俊輔選手 
写真日刊スポーツ新聞社
 4年後、トルシエジャパンはホストカントリーとして最低限のノルマを果たしたものの、このチームも決定力に問題を抱えていた。得点数だけ見れば4試合で5得点はまずまずである。
 しかし、その内訳はお寒いものだった。中盤の稲本潤一が2点、森島寛晃が1点、中田英寿が1点、FWの得点は鈴木隆行が記録した、わずかに1点だけだった。
 つまり日本代表のFWは、これまで1大会で1ゴールずつしか記録していないのだ。これでは上位進出は望めない。ちなみにフランス大会で準優勝、日韓大会で優勝を果たしたブラジルはロナウドひとりで、12得点(2大会)をあげている。
 システムも技術も大切だが、“武器なき戦争ともいわれるワールドカップにおいてはひとつの得点が、そしてひとつの失点が命取りになる。ここで決めるか、決められるか。天国と地獄を隔てる通路は、ほんの絹糸一本。球際での執念が明暗を分かつ。
 では、なぜ日本代表の決定力不足は改善されないのか。これは、この国の意志決定システムと無関係ではない。  
 この国では、ひとつの決定を下すのにハンコが5つも6つも必要だったり、まっさらな稟議書が、役員の机に届くまでには真っ黒になっていたりすることがしばしばある。これは結果(ゴール)よりも手続き(システムや戦術)を重視する、この国のサッカーにあまりにも酷似し過ぎてはいないだろうか。
 やり始めると早いが、やり出すまでが遅いこれがこの国の官僚文化だといわれている。頭ではそうしなければならないとわかっていても、いざ行動に移すとなると勇気が要る。誰だって炭鉱のカナリアにはなりたくない。
 ところが稟議書さえ回しておけば、たとえ失敗したとしても自らの責任を回避することができる。ハンコを押した者、全員の責任になるからだ。皆で謝れば恐くない。
 日本代表の選手たちが、しばしば見せるボールを下げる行為も、言ってみれば問題の先送りだ。官僚文化は恐ろしいことにピッチの中にまで浸透してしまっているのだ。
 シュートは自らの責任と権限のもと、自らの意思に従って打つものだ。個が強くならない限り、組織が成長することはない。日本代表のジレンマは、この国の組織のジレンマでもある。

 

写真 ●にのみや・せいじゅんプロフィール
1960年、愛媛県生まれ。
当代きっての論客スポーツジャーナリストとして
新聞、雑誌、ラジオ、テレビなどで幅広く活躍。
主な著書に『人を動かす勝者の言葉』『1ミリの大河』
『スポーツ名勝負物語』『最強のプロ野球論』
『勝者の思考法』『「超」一流の自己再生術』など多数。
http://www.ninomiyasports.com



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