風の便り 連載 第18回


文-常盤新平 イラストレーション-古屋亜見子
思い出のベストセラー

 年をとると、後悔することがふえてくる。また年をとってわかってくることがたくさんある。それは主として自分の愚かさである。
 後悔することの一つは、イタリア語やスペイン語や韓国語などを習わなかったことだ。英語の翻訳者なのだから、ほかの外国語に興味をもって学ぶ機会がいくらでもあった。
 怠け者だったと反省しても、もう間に合わない。韓国に駐在したことのある知人が訪ねてきて、テーブルにあった韓国語の本を手にとった。
 「『思い出のベストセラー』か」と知人はパラパラとページを捲った。「いいタイトルじゃないか」。それから気がついて、「なんだ君の本か」
 恥ずかしながら、たしかに私の本であるが、二十年も昔に出たもので、単行本も文庫もとうに絶版になっている。「アメリカン・ベストセラーズ101」という題名だった。
 新聞や週刊誌に書いた、わずか七、八百字ほどの書評をまとめた一冊である。昨年の秋、これを韓国語版にしたいとエージェントが言ってきたときは、正直のところ驚いた。韓国の出版社ももの好きだなあと思ったものだ。
 やがて韓国語訳が送られてきたが、もちろん私には何も読めなかった。そのとき、ひまなときに英語のほかに外国語を勉強しなかったのをおおいに悔いた。ひまはありあまるほどにあったのだ。
 英文を翻訳できるだけで、私は事足れりとしていた。だから『思い出のベストセラー』という韓国語の素敵なタイトルも知らなかった。
 このようなタイトルをつけてくれた韓国出版社の編集者にお礼を言いたかった。「思い出の」というのは過去であり、「ベストセラー」はいかにも現在という感じがする。そのアンバランスがいい。
 死んだ友人は韓国観光旅行で、韓国が好きになり、韓国語の勉強をはじめた。もともと語学が好きで、高校のころはクラスで英語がいちばんよくできたし、かたわらフランス語を独学していた。後年にイタリア語やスペイン語もラジオの講座で習っていた。
 口下手の私は英語は読めるだけでいいと思っていた。読んで翻訳するのだから、喋る必要はないと決めてかかっていた。われながらいやなひねくれた奴だったと思う。
 しかし、英語もろくに話せないからといって、海外旅行で不便を感じることもさほどなかった。同行する人がいたからで、会話はもっぱら同行者にまかせていた。
 ただし、レストランなどで一人で食事をするときは困った。でも覚悟を決めると、おぼつかないながらも、必要な英語が口から出てくるのだった。
 シチリア島にはなんどか行っているが、むろんイタリア語を知らなかった。マフィアの本場といわれる村を訪ねたこともある。その村の食堂のおやじは英語を少し知っていたので、かろうじてかたことの英語が通じた。
 映画の『ゴッドファーザー』で有名な、コルレオーネというこの村の食堂ではじめて昼食をとったとき、中年の主人は私の質問に何も答えなかった。
 「マフィアなんて聞いたこともない」と、彼はにべもなかった。一九八六年のことだったが、それから何年かおきに訪ねるうちに、主人はだんだんに打ちとけてきて、一昨年の夏にこの村の小さなホテルに泊まったときは、私を抱いて、ほっぺたにキスしてくれた。
 このときはローマ在住の女性が通訳してくれて、私もへたな英語を使わないですんだ。
 彼は私がマフィアに関心があるのを知っていて、それとなく言った。
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 「ここに一年くらい住んでみないか。そうすると、いろんなことが自然にわかってくるよ。宿なら私が世話する」
 ありがたいことで、私がもっと若かったら、彼の言葉にとびついていたことだろう。はじめてコルレオーネに来たとき、まさに寒村だったが、シチリアの観光化がすすんで、村にホテルもできたし、食堂も繁盛しているのか、増築して立派になっていた。
 言葉もわからず、はるばる来たものだと感慨も深かった。そのくせ韓国を旅行したことがない。いろんな人に誘われたが、そのたびに機会を逸してしまった。
 でも、ニューヨークに行けば、しばしば韓国料理店で朝食をとった。白いごはんに白濁した牛のスープをたっぷりかけて、キムチで食べたのが忘れられない。エンパイア・ステートビルディングの下はコリアン・タウン(韓国人街)だ。セントラル・パーク近くのホテルから五番街をぶらぶら歩いていって、朝めしを食べるのは、まことに気持ちがよかった。
 夜はここで焼肉を食べて、韓国の酒を飲んだ。いっしょに食事をしたニューヨーク在住の知人は、ニューヨークだけでなく一度は韓国へ行くべきだとすすめた。
 彼の娘は東京の大学に行っていて、夏休みや冬休み以外にも韓国に行っていたらしく、「韓国にハマってるのよ」と笑いながら言った。
 ある年の彼女の年賀状はソウルからのもので、結婚通知でもあった。新聞記者をしている韓国の青年といっしょになったのだ。
 積極的な娘だった。彼女なら結婚生活もうまくいくだろうと私もよろこんだ。その後、『思い出のベストセラー』が出たので、彼女に一冊を送ると、すぐに礼状が来た。
 「父と親しい方の韓国語の本が出るとはよろこばしいことです」と手紙に書いてあった。「このような本が出ていたのを知りませんでした。父からも聞いていなかったので、とくに韓国語訳で読めるのは、とても嬉しいです」
 彼女には久しく会っていない。彼女の父親とはおたがいに手紙で近況を報告するだけだ。ただ、私はいまだにイタリア語を勉強していない。その意欲はあるのだが、日々の雑用に追われて、そのきっかけをつかめないでいる。
 「いまさら年寄りの冷や水なんだから、あなたは昼寝でもしていればいいのよ」と女房に言われる。

●常盤新平(ときわ・しんぺい)作家、翻訳家。
1931年、岩手県水沢市生まれ。出版社勤務を経て翻訳家に。かたわら雑文を書く。1987年、『遠いアメリカ』で第96回直木賞受賞。主な著書に『ニューヨークの古本屋』『山の上ホテル物語』『ファーザーズ・イメージ』『マフィアの噺』など。主な訳書に、アーウィン・ショー『夏服を着た女たち』、ゲイ・タリーズ『汝の父を敬え』デズモンド・モリス『ウーマンウォッチング』など多数。マフィアに詳しい。


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