あの時代の風 青春を彩った60s〜70sフォークソング 文・四元 健一
第16回アリス
年間のステージは300以上!

 ぼくが初めて聴いたアリスの曲は、「走っておいで恋人よ」(72年)だった。彼らのデビュー作で、歌詞は少し気恥ずかしいものの、テンポがよく、歌うと心地よかったのを思い出す。
 しかし、最初はまったく売れなかった。「特急の停まる駅ならどこでも下りた」というほどツアーに明け暮れ、1974年には年間303ステージをこなしたというから、さぞハードな毎日だったろう。ふつうならあきらめるところだが、やり続けたのはすごい。メンバーもさることながら、事務所がよく頑張ったなという気がする。
 こうした地道な努力が実を結んで、アリスのファンは着実に増えていく。もう一つ、ラジオの深夜番組「セイ! ヤング」も忘れてはならない。チンペイこと谷村新司が、ばんばひろふみとDJを務めていたのだが、彼の軽妙なしゃべりに大笑いしたものだった。
 75年、「今はもうだれも」が爆発的なヒットとなり、フォークシンガーとしての地歩を固めた。この歌はフォーク・トリオのウッディ・ウーのカバー。オリジナルかどうかにこだわらず、いいと思えば歌い、自分たちの持ち歌にしてしまう。そんなところにも、アリスらしいしたたかさが透けて見える。


本気の迫力が舞台にみなぎる
 アリスとほかのグループの違いは、音楽的な背景が三者三様に異なることだ。谷村にはPPMの影響が感じられるし、堀内孝雄、通称ベーやんがビートルズから出発したのも有名。が、矢沢透、すなわちキンちゃんが加わったことによるソウルフルなビート感こそ、最大の特色といっていいだろう。かつてソウルバンドのドラマーだった彼の刻むパーカッションのリズムと、それを活かす石川鷹彦さんの秀逸なアレンジ。これが、アリスのスタイルを決定づけたのは間違いない。
 彼らの歌は「男っぽい」といわれる。ストローク系のギターが力強く、搾り出すような声にも躍動感がほとばしる。そして、どの曲も熱い。苦手な人はひいてしまうが、好きになるとそこがたまらない。
 一度、武道館のコンサート(注1)に行ったことがある。あれは78年か79年の夏、暑い日だった。ぼくはすでに弾き語りで生活しており、ささやかながらプロの自負もあったが、舞台にみなぎる本気の迫力に圧倒された。盛り上げ方もピカイチだ。なかでも胸にしみたのは、「遠くで汽笛を聞きながら」。何も良いことはないけど、あきらめず、この街で生きていくんだ―そう自分に言い聞かせながら、夕暮れの雑踏のなかを仕事場に向かって歩いた。

悠々自適、なのにずっと現役
 同じ時期に谷村がつくり、山口百恵が歌って旅のブームを起こしたのが、「いい日旅立ち」。堀内も某化粧品会社のキャンペーンソングで脚光を浴びるなど、個別の仕事が多忙になり、81年、ついにアリスは活動をストップ。
 音楽的な方向性の相違が顕著になったのが原因ともいわれるが、「解散」でなく「停止」と称していることからわかるように、折に触れて再結成し、新しいアルバムを発表したり、3人で全国ツアーを行ったりしている。おそらく、バラバラになっても揺るぎない信頼感で結ばれているのだろう。
 ソロとしての彼らに目を向けると、谷村は海外での活躍が目立つ。とくに中国では、数年前から教授として上海音楽学院の教壇に立っている。名曲「昴」(注2)のあちらでのヒットが縁らしいが、いまでは日本を代表する文化人の風格すら漂う。
 一方、堀内は演歌という未知の世界で不動の地位を築いた。フォークから180度の転換? いや、違う。パンチの効いた歌いぶりは昔のまま、新しい感覚の演歌をつくり出したのだ。
 残るひとり、キンちゃんは、楽器店や飲食店を経営している。自分の店でファンが歌うと、気軽にコンガを叩いたりもするそうだ。そんな気取りのなさが、彼の“素”なんだと思う。
 それぞれに生活の基盤がしっかりしているからこそ、忙しい日々の合間に自分たちの好きな音楽と向き合うこともできる。悠々自適なのに、「現役」バリバリの3人。それを可能ならしめるのは、尽きないパワー、そして歌うことへの情熱ではないだろうか。
躍動感のほとばしる歌声で一時代を築き、活動停止後もなお「現役」であり続ける男たち。

図 イラスト
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【注1】 武道館コンサート
1978年8月、日本人アーティストとしては初めて日本武道館で3日間コンサートを行ない、成功させた。ちなみに、タイトルは「栄光への脱出」。翌79年にも7日間連続コンサートで8万人余を動員。さらに、2001年の全国ツアーは、ここでスタートを切った。ただし、もともと音楽ホールとして設計されていないゆえに、広いが音響はよくないというのが定説だ。
【注2】 「昴」
「昴」(作詞作曲/谷村新司)が世に出たのは80年。アリスが活動を停止する前の、谷村の2枚目のソロシングルである。日本だけでなくアジア全域で大ヒットしたことから、彼の代表作と目されることが多く、谷村が日中の架け橋のような立場で活躍する契機となった曲といってもいい。音楽的な意味でターニングポイントとなったのはこの曲だと、本人も明言している。



四元 健一(よつもと・けんいち)プロフィール
1955年鹿児島県鹿児島市に生まれる。1976年に高円寺で弾き語りを始め、作曲家 岸本健介氏に弟子入り。ビクターやキングから作詞家としてデビュー。 現在は、東京荻窪にて、フォークソングの店「落陽」を経営。



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