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連載 第19回 |
その日も暑かったが、夕方から涼しい風が吹いてきた。ひぐらしがさかんに鳴いていた。今年はひぐらしの鳴くのが、ほかの蝉にくらべて一番早かった。 「選挙には行きましたか」と聞かれて、もちろん行ってきたと答えた。この十年、私は一度も棄権したことがない。投票するのは民主主義の基本だと信じている。しかし、いっしょに近所の小学校の投票場に行った妻が言った。 「棄権しないからといって自慢にはならないわよ」 やはり民主主義を信じる坂田君も一票を投じた。 「選挙に行くのは簡単なことですよ」と坂田君は車の冷房をとめ、窓を開けて風を入れた。「でも、棄権が多いんですね。民主主義のありがたみを知らないんだな」 私は戦争が終わったときのことを話した。坂田君は生まれてもいなかった(彼は四十八歳である)。昭和二十年(一九四五)八月十五日の夜は忘れがたい。 当時、私は仙台で中学二年生だった。三人の兄は兵役にとられて、家には両親と末娘の妹と2人の従姉妹と私の六人が、乏しい食糧事情のもとで生きのびていた。 その日、八月十五日にみんなで玉音放送を聴いたが、戦争に負けたことはわかっても、その実感がなかった。おそろしく暑い日だった。 日が暮れて、灯火管制の暗幕がはずされた。誰がはずしたのか、そのへんのことは記憶にないが、おそらく役所から帰った父だったのだろう。夕食のことも憶えていない。 開けはなたれた窓から涼しい風がはいっていた。それまで暗幕のため、夏が来ても夏の夜の涼風を知らなかったのだ。 私はここちよい風で戦争が終わったのをしみじみと感じた。なにしろ戦争に負けたことのない国が負けてしまったのだから、前途は不安だったが、ほっとしていた。 胸をなでおろすというのは、ああいうことだったのだろうか。毎日のようにある軍事教練はどうなるのかと思った。私は学校になじめず、教練が嫌いで学校をよく休んだ。 私の話を聞いて、坂田君はにやにやした。 「よく不登校にならなかったですね」 「そういうことは思いつかなかった。ただただいやだった」と私も笑いながら言った。 「とてもそれはできなかった。怖い軍人主義の学校だったからね。あきらめて学校に通っていた。友だちもできなかった」 坂田君は沿線の起伏が多い町の一つに車を停めた。その町には、彼が気に入っている佃煮屋がある。彼はあさり釜めしの素やしめじ釜めしの素、たこ釜めしの素を買いもとめた。ほかに汐吹き昆布やちりめん山椒。 一年前に恋人と別れた坂田君は独身をつづけている。フリーの編集者として東奔西走、外食が多いけれども、めしを炊き、味噌汁をつくり、スーパーで買ってきた糠漬けのキュウリやナスで夕食をひとりとることもある。二杯目のごはんはお茶漬けにするそうだ。独身暮らしに佃煮は欠かせない。 その日、坂田君はカレーを食べたいと言うので、スナックというかパブといったらいいのか、灯りがついたばかりの店にはいった。初老のおばさんがひとりでやっていて、客はまだ来ていない。 カレーを食べおわった坂田君は、いささかがっかりしたようだ。小声で言った。 |
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「味も辛さももうひとつですね」 そこに常連らしい女性が「今晩は」とはいってきて、カウンターの奥のほうへ行った。パートタイムで働く五十代に見えた。店の女主人と話すその声は抑制がきかず、いやに大きくて耳ざわりだった。 私も食べてしまったので、早々に店を出て、坂田君は再び車を走らせた。 「レストランや飲み屋や喫茶店でも、大きな声を聞くようになりましたね」と彼は言った。 「傍若無人というか」 バーなどでは酔っ払っているのだから、声が大きくなるのも仕方がないが、喫茶店の客の大声には急いでコーヒーを飲んで店を出てしまう。 「いまつきあっているひとはいるのかね」 と私は聞いてみた。ふとってはいるが、女性にはまめで話上手な男である。車は緑の多い公園の横をゆっくりと通り抜けた。 「そりゃあつきあってますよ」と坂田君のにんまりする顔がミラーにうつった。 「バツイチで四十三歳ですがね、経理事務所勤務です。はじめて会ったときは三十になったばかりかと思ったものです」 「それじゃあ美人だ」 「いや、ごく普通の女ですよ」。やや間があって、「実は結婚してもいいと思ってるんです」 そうか、それで訪ねてきたのかと私は納得した。遅きに失したが、いまは遅すぎるということはないだろう。 「昔はね」と彼は言った。 「美人でなきゃあと思っていたんですが、やっぱり人柄だとわかるようになったんです」 「心境の変化か。いいことじゃないですか」 私は冷やかしたのだが、相手に通じなかったようだ。家まで送ってもらって、お茶をすすめたのだが、これからそのひとに会う 彼は鞄から紙袋をとりだして私に渡した。中は私の好きな作家・川口松太郎の『古都憂愁』だった。昔の京都の祇園を描いた愛読書だから、すでに所持しているが、その好意をありがたく受けとった。 こんどはいつ会えるのか思いながら、別れを告げると、彼は車を発進させた。彼の四十八という年齢は働きざかり男ざかりだと、私はそのころの自分を思い出した。二十年前までは仕事も飲むのも面白かった。いまは夜の外出を控えて、銀座の夜も今年は一度行ったにすぎない。もう隠居である。 |
| ●常盤新平(ときわ・しんぺい)作家、翻訳家。 |
| 1931年、岩手県水沢市生まれ。出版社勤務を経て翻訳家に。かたわら雑文を書く。1987年、『遠いアメリカ』で第96回直木賞受賞。主な著書に『ニューヨークの古本屋』『山の上ホテル物語』『ファーザーズ・イメージ』『マフィアの噺』など。主な訳書に、アーウィン・ショー『夏服を着た女たち』、ゲイ・タリーズ『汝の父を敬え』デズモンド・モリス『ウーマンウォッチング』など多数。マフィアに詳しい。 |