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| 埼玉県朝霞市の有限会社 明興業は、つぎつぎとファイターを導入している。これまで容易に入ることのできなかった狭い工事現場に、ファイターは、らくらくと乗り入れることができるようになったからだ。ダンプカーや各種大型建設機械などが動きまわる手狭な場所で、「小回りがきく」というのは大きなメリットだ。以来、中型ばかりか大型ダンプも、車はすべて三菱ふそうと決めている。 |
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17歳・懐に3000円 郷里を発って東京へ!
首都・東京をぐるりと囲むように走るJR武蔵野線は、東京外環自動車道とほぼ並走している。明興業は、その武蔵野線の北朝霞駅から、車で約15分の場所に本社を置く。
周囲には産業廃棄物の収集運搬、建設用骨材の販売、重機の回送、およびリース、残土の受け入れ、土木関係工事など、明興業と同様の事業を営む事業所が多く見られる。
坂本社長が千円札3枚を懐に、オホーツク海に面した郷里の北海道・北見枝幸を発って上京したのは、昭和53年、17歳のときだった。
建築現場で、コンクリートや、セメントを基礎に流し込む「型枠大工」とよばれる仕事に就き、10年ほど続けた。
「いつか会社を興したい」という思いは、20歳のころから持っていた。30〜31歳のとき、思い切って独立し、借金をしてダンプカーを1台購入し、一人で残土運搬の仕事をはじめた。
「さいわい、仕事も車も世話してくれる人があり、恵まれたスタートでした」と振り返る。
とはいえ、多額の借金である。昼も夜も真っ黒になって働いた。わずか半年ほどで、それをきれいに返済してしまった。
3年後の平成9年、夢が実現し、有限会社を設立することができた。バブル崩壊後でも仕事は「ぼちぼちあった」という。
当時、同業者は似たような商い状況であった。しかし、明興業にはひとつだけ、他社と違う点があった。残土の収集運搬、土木工事、鳶工事、建設資材の販売などと並行して、建設工事で発生した、残土の受け入れ業務を行なっていたことである。
当時はまだ、残土の受け入れまでする会社は少なかった。それによって、人も車両も一気にふやすことができたのである。
現在の保有車両は大型ダンプ3台、中型ダンプ11台、小型ダンプ3台の計17台。土木・建設機械は13台。社員は30名を数える。
ダンプカー1台からスタートし、14年。目をみはる発展ぶりである。
東京、神奈川、埼玉、千葉など、排出ガス規制の厳しい首都圏を営業エリアにしているため、この数年は、排出ガス適合車への入れ替えも積極的に行なってきた。
駐車場に並ぶダンプカーが、どれも新しいのは、そのためである。
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