|
世界三大古代湖の1つ 460本の川が流入するのに 流出は瀬田川と琵琶湖疏水のみ
琵琶湖畔の堀切港で、沖島漁港と30分から1時間間隔で往来する定期船を待っていた。
脳裏に、いつか訪れた漁港が浮かんできた。しかし、目の前に広がるのは、まぎれもなく琵琶湖なのだ。あまりにも広大な湖と、堤防の内側につくられた船泊まりに、何十隻も係留されている漁船を見ていると、なおいっそう、海かと錯覚してしまうのである。
淡海のうみ奥津島山おくまけて 我が想う妹のことしげけく
万葉集に詠まれている柿本人麻呂の歌である。かつて琵琶湖は淡海(近江)とよばれていた。静岡県浜名湖が都(奈良、京都)から遠い淡水の海として遠淡海(遠江)とよばれていたのに対し、都に近い琵琶湖は近淡海とよばれ、近淡海が変化して淡海になったといわれる。
琵琶湖という名前は、江戸時代中期に琵琶の形に似ていることがわかってから、その名が定着したという。
奥津島は、昔は瀛津島と書いて、いまの沖島のことである。瀛は「えい」と読んで、大海、大海原という意味だと辞典に記されている。
沖島は、古くは大海に浮かぶ無人島で、琵琶湖の航行の安全を守る神の島といわれていた。恐れ多くて近づくこともできない厳かな島、と詠んだのは『源氏物語』を書いた紫式部である。
おいつ(奥津)島 守りの神やいますらん 波もさわがぬ わらわえの浦
紫式部は、琵琶湖畔の小高い山の上に建つ石山寺で『源氏物語』を執筆したと伝えられている。その部屋から遠く、琵琶湖に浮かぶ沖島を眺めていたのだろう。
琵琶湖は、400〜600万年前に地殻変動によってできた構造湖で、世界三大古代湖に数えられている。
ちなみに、シベリアのバイカル湖がもっとも古く、2500万年前に誕生した。琵琶湖の46倍の広さで透明度は世界一だ。世界遺産にも指定されている。もう1つは、タンザニアのタンガニーカ湖である。2000万年前にできた湖だ。
琵琶湖には一級河川21本をふくめて合計460本の河川が流入しているが、流出は瀬田川1本だけである。
正確には、京都市域の水道水として使用されるため、もう1本、人工の川・琵琶湖疏水が流出する。瀬田川は京都に入って宇治川になり、大阪では淀川と名を変えて大阪湾に注がれている。
最初に沖島に住みついた人は、保元・平治の乱(1156〜1159年)に敗れた源氏の落武者7人だった。その姓(南、小川、北、中村、茶谷、久田、西居)を先祖として、いまも後継されている。
文化2年(1805)の記録によると、戸数43戸、人口194人とある。昭和26年八幡町に編入されるまでは島村大字沖島村だった。平成の大合併で近江八幡市沖島町となる。
|