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    コミュニティを支える、走る図書館の可能性

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本と人はもちろん、本を通じて、地域の人と人を繋ぐ存在でありたい。

多くの買い物客で賑わうJRいわき駅前の複合商業ビルの中に、いわき総合図書館がある。「『個』のある図書館、『輪』をつくる図書館」をコンセプトにした都市型の駅前図書館として、2007年の開館以来、市民から愛されている。

福島県の東南端にあるいわき市は、1966年に5市4町5村の合併で誕生した。当時のいわき市は市として日本一の面積を有しており、広大な市域をカバーするため、1968年に登場したのが移動図書館「あづま号」だった。

以来、移動図書館は、地域の生活に深く浸透した。現在は、市北部を担当する5代目「いわき号」と、市南部を担当する3代目「しおかぜ」の2台が、毎月、市内116箇所のステーションを巡回している。どちらも、三菱ふそう キャンターをベースに移動図書館専用車両として改造したものだ。

秋晴れのこの日、「いわき号」の巡回を担当するのは、専任ドライバーの岡部英幸さんと、添乗スタッフの平山陽子さん。最初の目的地である三和小中学校に到着すると、2人は慣れた手つきで車両の外側にある書架扉を持ち上げ、黙々と準備を開始した。

移動図書館の知られざる工夫   休み時間のはじまりを知らせるチャイムが鳴ると、生徒たちが一斉に移動図書館に駆け寄ってきた。夢中で本を選ぶ賑やかな様子を眺めていると、本の陳列に隠された工夫にハッとさせられた。低学年向けの本は目線の高さに合わせて書架の下段に、上段にいくにつれて高学年や大人向けの本が配置されているのだ。

「実は、人気の児童書は一箇所に集中させず、あえてランダムに並べています。1人の子が一度にすべての本を借りてしまうことを防ぐためでもあるんですけど、宝探しのように本を見つけることが嬉しいんですよね、子どもたちは」と、岡部さんが教えてくれた。

「いわき号」の積載図書冊数は約3,000冊。その専用蔵書は、なんと20,000冊を超える。専用蔵書には毎週、新刊が入荷されるが、2人は20,000冊のラインナップをすべて頭に入れて、毎回、行き先に合わせたきめ細やかな選書を行っている。毎月、ミステリー小説を借りているという男子中学生は「本が好きで、移動図書館では、おもしろそうな新しい本にいつも出会えるんです」と笑顔を見せる。

平山さんが言う。「利用者の本の好みは知り尽くしていて、一人ひとりの顔を思い浮かべながら、いつも新しい本に出会えるように工夫を凝らしています。移動図書館は月に1度ですから、季節感を少し先取りすることも必要ですし、学校では、授業のテーマに合わせた関連図書の依頼を先生から受けることもあるんです」

定番の児童書から科学まんが、図鑑、最近クラスで人気の怖い本、小説、料理本まで —— わずか40分の滞在で、約200冊の返却と約200冊の貸出を一気に行う。忙しい作業の合間にも、2人は子どもたちの顔を見ながら声をかけることを忘れない。返却された本を積み込み、次の目的地に向かう。

会いに来てくれる図書館 三阪保育所では、園児たちが目を輝かせて待っていた。移動図書館の巡回日は、園児たちにとって特別な日だ。準備が整うと、嬉しそうに先生や友達と手を繋ぎ、子どもも乗り降りしやすいように設計された低いステップを一歩ずつ登って、ゆっくりと車内に乗り込んでいく。園児の目線から見上げれば、移動図書館の車内はたくさんの本に囲まれた秘密基地のような、ワクワクする空間だ。

大好きな恐竜の絵本から、園庭で見つけた昆虫が載っている図鑑まで、真剣に本を選ぶ子どもたちを岡部さんと平山さんは優しく見守る。園児にとって大切なのは、本と触れ合いや、本を通じた体験だという。絵本を抱えて恥ずかしそうに「ありがとう」と言っていた園児たちが、小学生になって移動図書館を利用することもあり、「本を通じて、地域の子どもたちの成長を実感しています」と岡部さんは微笑む。

本日最後の巡回先は、北西へさらに進んだ下三坂。いわき総合図書館のあるいわき駅まで、車で約1時間の地域だ。広報スピーカーで移動図書館の到着を知らせながら、「いわき号」はのどかな田園風景を進んでいく。

「移動図書館を訪れた利用者同士が交流するきっかけを作り、人と人を繋ぐことができたらいいなと思うんです」

 

「お年寄りが多い地域ですし、車椅子の人や足が不自由な人でも本を手に取りやすいように、車の外側の書架に大活字本を準備してあるんです」と、平山さん。ここでは、本の貸出以上に地域の人々との交流が大切な仕事だ。

利用者のひとりが言う。「ここには昔、地域で唯一の商店があって、住民の憩いの場になっていたんです。閉店した今も、毎月、移動図書館が来てくれるのが、生活の楽しみのひとつなんですよ。目が悪くなった高齢の母が読みやすい大活字本をいつも用意してくれて、体調も気にかけてくれる。そんな親しい間柄なんです」

走る図書館の可能性  移動図書館に司書として携わりながら、地域を見守ってきた平山さんは、「普通の図書館も地域との交流を大切にしていますが、移動図書館の方が、もっと人と人との距離が近いかもしれません。しばらく本を借りにいらっしゃらないと、元気にしているか心配になってしまうほどです」と笑う。「夏の暑さや冬の寒さには苦労しますが、『来てくれてありがとう』と声をかけていただけるのが、この仕事の楽しさです」楽しさです」

専任ドライバーを務めながら、司書資格を取得した岡部さんも、移動図書館にかける思いは一緒だ。「本来の仕事は、本と人を繋ぐこと。だけど、移動図書館を訪れた利用者同士が交流するきっかけを作り、人と人を繋ぐことができたらいいなと思うんです」

揺れない心 2011年3月11日、東日本大震災。その時、いわき総合図書館にも、震度6弱の激しい揺れが襲った。本が散乱し、書架の一部は転倒。照明が落下して、剥き出しになったコードから火花が散った。

いわき市の図書館司書たちは、「こんな時こそ、本の力が必要になる」という強い思いに突き動かされ、余震の混乱が続く中、地震発生の直後から復旧作業に奔走。震災発生のわずか約2ヶ月後となる5月初旬に「いわき号」の運行を再開して、地域の人々の不安な気持ちを本の力で支えた。さらに、2012年にはいわき総合図書館内に「東日本大震災 いわき市復興ライブラリー」を開設し、地域と共に歩んできた図書館の歴史を大切にしながら、新しい試みを続けている。

本の力を信じて、地域を支え、人と人を繋ぐ。移動図書館「いわき号」の活躍は、移動が単なる手段ではなく、素晴らしい目的になりうることを教えてくれる。その可能性は無限大だ。