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    移動型レコード店「ハーブス」:ニュージーランドで出会った唯一無二のトラック

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キャンターに宿る 厳選された音楽と非日常な空間

強い風が吹く街として知られる、ニュージーランドの首都・ウェリントン。年間195日は荒々しい風が吹くという。風が止み静けさが訪れると、地元民はこう口を揃える。「天気が良い日のウェリントンは世界一だ」と。

ベン・ジェームスがにぎやかな港近くに車を停めたのも、まさにそんな穏やかな日だった。澄み渡った晴天に、広い空がどこまでも続いている。彼のお気に入り、Herb’sのレコードをかけるのにうってつけの日だ。Herb’sはニュージーランドのパシフィックレゲエのバンドで、ベンの「ハーブス(Herb’s)・モバイル・レコード・ストア」という店名の由来にもなっている。

「8歳の時、初めて生で見たライブが、このバンドだったんだ。それはもう最高だった。自分の店を出すと決めたとき、ちょうどHerb’sのロゴが入ったキャップが目に入って、これだ!と思ったよ」

昼時になると、市街のオフィスで働く人たちが港へ休憩にやって来る。ランチのおこぼれを求めてカモメが潮風を舞う中、音楽ファンや彼の移動式レコード店に興味を惹かれた人が、トラックの荷台に置かれた木箱の中からレアなレコード探しに没頭する。

ベンの2004年式 三菱ふそうキャンターにしつらえた店内はモノで溢れかえっていて、中に入ると外から見るよりはるかに広く感じる。16平方メートルの車体は隅々まで工夫して使われ、「よくこんなにたくさん入るね!と感心される」とベンは言う。「みんなこの店を気に入ってくれているよ」

レコードが収めてあるのは瓶ビールの木箱。ニュージーランドには、夏の始まりを友人と木箱いっぱいのビールでお祝いするという伝統がある。

それぞれの木箱は知る人ぞ知る音楽でいっぱいだ。スワンプロックやサイコビリーをはじめ、宇宙をイメージさせるシンセサウンドや、特定のジャンルに分類できないものまで、とにかく何でもあり。カオスこそがこの店の魅力なのだ。

「自分の好みの赴くままに集めてきた」と、いくつものバンドで演奏した経験のあるベンは言う。

「レコードは、仕入れる前に全部自分で聴くんだ。ありふれた有名アーティストを扱うような店にはしたくなくてさ」

ベンは顧客に、知名度の低いバンドを積極的に宣伝する。例えば、ウェリントンを拠点とする「オーケストラ・オブ・スフィアーズ」だ。ベン曰く「強烈なフューチャーファンクの要素を持ちながら、最果ての地に取り残される空虚感もある。まさに音楽の持つエネルギーを探究するバンドだ」

親日家でもある彼は、マニアックな日本人アーティストのレコードや、子供のころに夢中になった任天堂やセガのゲームをコレクションしている。「日本のミュージシャンの独特なアプローチがずっと好きでね。あとは日本の技術とかアニメーションも面白い。いつか訪れたい国だよ」

今は日本の名車である三菱ふそうキャンターに、ニュージーランド独特のテイストを加えて楽しんでいる。

「三菱ふそうのトラックは信頼性が高いと評判だったから、移動型のレコード店を作ろうと決めた時からキャンターしか考えていなかった」

移動型レコード店のアイデアが生まれたのは、過去に2つの事業が立ちはだかる壁に阻まれたからだ。

「実は2011年にクライストチャーチで『エヴィル・ジニアス・レコード』という店を始めたんだけど、そのわずか7日後に大きな地震が起きて、店も商品もすべて壊れてしまったんだ」とベンは当時を思い返す。「店舗の保険はまだ契約が済んでいなかったから、結局何の保証も受けられずじまいだったよ」

2012年にウェリントンへ移り「エヴィル・ジニアス・レコード」を再開し、2014年には「デス・レイ・レコード」もオープンした。「でも、家賃がものすごく高くなって、結局店を畳むことになった」

「その時、店を移動型にすれば場所に縛られることも、家主に振り回されることもないと気づいたんだ」

理想的なトラックを探し続けて7か月、彼はオークションサイトで2004年式キャンター4×2と出会う。

「元々このキャンターは、移動型洋服店として使われていて、中には重いキャビネットや鉄製のバーが張り巡らされていた。でも出入口が一つだから安全で、寝泊りもできて、天窓から入ってくる自然光が気持ちいいんだ。完璧だと思ったけど、車はオークランドにあったから買う前に状態を確認できなかった。売り手の言うことを100%信じたよ」

ベンはオークランドへ飛び無事キャンターを手に入れ、ウェリントンまで650キロの道のりを二日がかりで運転して帰ってきた。

「スピードは速くないけど、それ以外は夢のような走りだった」

早速作業に取り掛かったベン。「からっぽの冷蔵庫」だったトラックを、オリジナルのバイブスと音楽への愛にあふれた「万華鏡」へと改造していく。

「はじめはどうなるか自分でもよく分からなかったけど、僕はグラフィックデザインをしてるし結構器用なタイプなんだ。進めるうちにコツを掴んで、必要なものを自分で取り付け、クールに仕上げたよ」

新型コロナの影響で街がロックダウンされた間も、ベンは作業にいそしんだ。古いパーツを取り外し、太陽光パネルを設置することで送風機や音楽システム、決済用端末などへ電力を供給できるようになった。寒い冬に備えてディーゼル燃料のヒーターも導入。

「同じようなことをしたい人の参考になれば」と改造の様子を動画にしてYouTubeにも投稿した。

「ハーブス・モバイル・レコード・ストア」は1周年を迎え、走行距離は1万キロを超えた。ベンの次なるステップが気になるところ。

「購入した時点で32万キロだったから40万キロまでは走りたい。このトラックで走っていると大型トラックの運転手が合図を送ってくることもあるんだ」

「これからやりたいことは他にもあって、将来的にはもっと大きなトラックが必要になるかもしれない。でも今はこのキャンターに愛着がある。大金は稼げないかもしれないけど、色んなコミュニティを訪れて、新しい人たちと出会って、その人たちにちょっとした喜びを届ける。そんなライフスタイルを選んだ。楽しめるうちはまだまだ続けるよ」

ベンとキャンターはこれからも走り続ける。